大雪の後作られた隣の家の雪だるまが日焼けして黒くなり、少しやせてきた。もうすぐ3月。
春の季題「踏青(とうせい)」について、俳句雑誌に三村純也氏が書かれていた。
「春の若菜を食べるのと同じように、生命力のある若葉を素足で触れて踏むことにより、若返りの効果があるとされたのではないか」と。
さて、春は眠気が誘われる季節だが、ここでは、不眠症の漢方の話。
(1)「酸棗仁湯(さんそうにんとう)」は、「体力が衰え胸苦しく、それなのに、つまらぬことが気にかかり、くよくよした状態で眠れない場合に用いられる。動悸や頭痛、目眩、また夢をよく見る、物忘れ、不眠の逆で嗜眠がみられることもある。顔色が悪く、寝汗、口の渇きなどがある場合」。臍の上や下で血管のドキドキが触れる。
(2)「甘麦大棗湯(かんばくだいそうとう)」は、「いらいら、不安、急に笑ったり泣き出したり気分の変調が大きい、また、黙り込んで、うつ気分になる。寝つき悪く、驚きやすい、あくびを頻回にする、急な咳き込み、腹痛を訴える」。しばしば、腹直筋の緊張がみられる。
(1)の主要な製薬は「酸棗仁」で神経疲労を補い鎮痛作用があり、不眠・嗜眠・健忘に用いる。
(2)の中心となる生薬は「小麦(しょうばく・こむぎ)です。漢方では、滋養・強壮・止汗・鎮静作用があるとされる。
特に、(2)はこどもの夜泣き、チックなどにも用いられ、女性の「ヒステリー」にもよく、男性への処方は少ないというが、女性的な男性に用いられ有効ともいわれる。
誕生祝いを職員とN医師K医師などがから受けた。やはり、ケーキ吹き消しで、定番の立ちくらみがあったが、感動しきりであった。
当日の立ち寄り酒は「八十八号」 口にまるく豊かに広がり、少しためらってから、のどをすべりおちた。酒の名前が米寿をめざすとしたらいやはや。
「コキコキと 歯なり肩なり 膝もまた」
パソコン環境維持のため、冷房が季節より早めに入るようです。そのためか、冷え症の人が増えています。
冷え症に使われる漢方にはいろいろあります。下肢・腰や下腹部の冷え、便秘、尿がちかい、のぼせ、頭痛、肩こりなどがあり、月経不順や月経痛(月経前からで月経量も多い)がある。
シミや皮下出血などがあり、舌や歯茎が暗赤色、舌の裏の静脈が太く、手掌が赤い。この状態をお血(ふる血)といい、体格が比較的にがっちりした人には、「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」が選ばれます。この漢方は、夏の花である、牡丹(ぼたん)や肉桂(にっけい)、芍薬(しゃくやく)などの根皮が薬用として使われます。牡丹は「花王」とか「富貴花」ともよばれるほど華やかな花です。漢方では秋にその根皮の「牡丹皮(ぼたんぴ)」を用います。肉桂は幼い頃(誰の?)駄菓子屋でのニッキを思い出しますが、京の八つ橋や郡上八幡の肉桂玉などの和菓子でも知られています。漢方では「桂皮(けいひ)」といいます。
芍薬は、中国からやってきた花で「夷草(えびすぐさ)」とも言われ、牡丹に対して「花の宰相」の異名があるそうです。漢方ではその根皮を使い「芍薬」といいます。
「桂枝茯苓丸」は「体格はしっかりしていて、赤ら顔が多く、便秘、下腹部痛があり、冷えのぼせ肩こり頭痛などがあるひと」に使います。
シミ、そばかすなどに用いる「美肌剤」としても知られています。妊婦さんには使用禁止。
足腰の冷えがあるが、体力が低下していて、たちくらみ、貧血気味、やせがたで便は軟便か下痢傾向、月経は遅れがちで量も少ない、だるい、顔や手足がむくみがち。このようなひとには「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」です。「当帰(とうき)」は秋の花ですが、中国の昔話に名前の由来があります。婦人病を患った妻に夫が寄り付かなくなり、妻は知人から教えられた薬草を、夫が帰るのを祈りながら、飲んだところ、病もなおり、美しくなり、夫が家に戻ったというのです。「恋しい夫よ、当(まさ)に我が家に帰るべし」祈りの言葉です。3~4年目の「当帰」の根の陰干しを使います。「当帰芍薬散」は妊娠を保持する漢方です。冷え症で体力のあるひと(実証)と体力低下(虚証)の漢方のおさらいをしました。
二つの漢方に共通した生薬の「茯苓(ぶくりしょう)」は省略しました。生薬については「薬草歳時記」(鈴木昶著)から引用しています。
4月に入りあっという間の満開、そして早くも散り始め、桜川公園に「花のじゅうたん(Y看護師)」出現。それっと敷物を敷こうとしたら、雨と突風そして、花冷え。桜もちえお食べるも、桜湯はなく、結局、花見は「出羽桜」。おや既に、初鰹の季節を迎え、目指すは東か西かいやいや四国の「南」に行こう。
昔、診療所の裏口に井戸のポンプがあり、今は閉じられて、水受け場のスペースが残っています。5月下旬、お隣のNさんがそこに「ビオラ」の鉢植えを置いてくださいました。足元で可憐な黄色の花々が揺れるのを見ると「はい、あなたのことはわすれません」。
さて、7月は秋が新しく始まるので、旧暦では「新秋」といいます。古語では「文月」「七夕月」などとも呼ばれています。陽気の変動が激しく、冷房で不調になる方が増えます。
診察室で「お腹をこわして家にあった陀羅尼助を飲みました」との訴えについ「珍しい」と言ってしまいました。
「陀羅尼助」「お百草(おひゃくそう)」「煉熊(ねりくま)」などは昔からある、民間薬で、これからの主役が「黄柏(おうばく)、きはだ」です。梅雨ごろに黄柏(黄色のカシワ)の樹皮をはいだ後、コルク層(これは西洋ではワインのコルクになる)を取り除き、陽で乾かす。黄柏に加え、センブリ、リンドウ、アオキの葉などを煮詰め竹の皮に延ばして、携帯用に用いたそうです。今は、丸薬などになっています。
山岳信仰が真言・天台の密教と結びつき、中世以後、寺院の密教から離れ、山伏を中心に修験道という在野信仰になりました。その根本道場が修行僧のメッカ大峰山で、そこで、「陀羅尼助」が生まれたのだそうです。
「苦い薬、舌が黄色になる」薬として知られています。
効能は胃腸の病の内服薬、そして捻挫、打撲、切り傷、神経痛、リウマチなどの塗り薬、貼り薬として、またただれ目に目薬としても用いられました。染料にもなりますが、子どもの衣類をこれで染めて、病気の予防に使った「本来の外服?」でもあるそうです。
黄柏の薬理作用は、利胆作用、抗潰瘍作用、肝障害改善作用、免疫反応抑制作用、血圧降下作用、抗菌作用、止瀉作用、鎮痛・鎮静作用などがあります。
黄柏を生薬として含む漢方はいろいろありますが、代表的な「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」を取り上げます。
比較的体力があり、赤ら顔、のぼせ気味、出血傾向がみられ、また、それに、胸苦しさ、動機、みぞおちのつかえ感、精神不安、不眠などを伴う人に使います。
保健適応症は、鼻出血、喀血、吐血、下血、脳溢血、高血圧、心悸亢進、ノイローゼ、皮膚そう痒症、胃炎、不眠症、血の道症、そうそう二日酔いもそうでした。
「ビオラ」の英語名は「ハーツ イーズ(心を癒すものたち)」です。黄連解毒湯を事前に飲んで、一茶を思い、「山頭火」で。
クコは日本ではどこにも自生し、古くから、不老長寿の薬草として知られています。
春の葉を天精草、夏の花を長生草、秋に真っ赤な楕円形の実を下げます。これが「枸杞子(くこし)」で愛らしい様子を「枸杞提灯(くこちょうちん)」と呼びます。冬の根の皮を「地骨皮(じこっぴ)」といいます。春の花は和え物やおひたしにします。「うららかな垣根のおひたしものができ」。蒸して茶にした「クコ茶」は、動脈硬化や高血圧予防、視力低下に利用されます。漢方の生薬としては、「枸杞子」と「地骨皮」が使われます。「地骨皮」は、血糖降下作用、解熱作用、消炎・鎮静作用、降圧作用があります。漢方では、滋養作用のある解熱薬として慢性的な微熱や体力低下に用いられるほか寝汗、咳嗽、吐血、鼻血、血尿にも応用されます。肺結核の漢方として有名な、「滋陰至宝湯(じいんしほうとう)」の主要は生薬が、「柴胡(さいこ)」、「麦門冬(ばくもんどう)」などと並び、「地骨皮」です。
症状としては、体力が衰えた人で、慢性の咳、切れやすい痰、食欲不振、全身のだるさ、そして、寝汗、微熱などです。慢性の泌尿器疾患によく用いる漢方の、「精心蓮子飲(せいしんれんしいん)」の構成生薬の一つが「地骨皮」です。平素胃腸の弱い人で頻尿、残尿感、排尿痛があり、尿が濁ったりして(女性では帯下)、冷え症、全身がだるく、神経過敏などの人に用います。「枸杞子」は健康保険でエキス剤にはないのですが、「六味丸(ろくみがん)」という、下半身のしびれ、腰痛、夜間尿や尿失禁、歯や目が悪い、夜間の口渇、胃腸は丈夫な人に用いる漢方がありますが、この漢方に「菊花(きっか)」と「枸杞子」を加えた漢方が「杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)」で老化による眩暈や視力減退、白内障などの症状に使われます。滋養・強壮には「クコ酒」が好まれます。薬酒は穀類を原料とした白酒(蒸留酒)や黄酒(醸造酒)などの酒に生薬をつけて有効成分を浸出して液体をいいます。「人参酒」「杜仲酒(とちゅう酒)」なども滋養・強壮酒です。
先だって、文京区千駄木界隈で「花朝月夕(かちょうげっせき):花のあしたと月の夕べ 春の朝と秋の夜」を、古希の仲間と楽しみました。
みかん「…この皮ひとり飛び上がりて、西に行き東に飛び…国中を飛行」
11月はみかんが旬。「民謡歳時記」に、和歌山県有田郡の「蜜柑取唄」のひとつが紹介されています。
有名な、「沖の暗いに白帆が見える あれは紀の国 みかん船」です。みかん船というと、紀伊国屋文左衛門ですが、彼はみかんではなくて、相次ぐ江戸の大火で財をなした材木商です。しかし、蓄財を自分の遊びに一代で使い果たしたとして、ここ八丁堀界隈では人気がありません。
ところで、昔、みかんの仲間は総称して「橘(たちばな)」といわれ、永久に変わらぬ富と生命の象徴で、「右近の橘、左近の桜」のごとくと桜と並びめでたいものとされてきました。江戸時代、舞台見学で安い入場料席(切落とし)の観客が、中売りで買ったみかんを食べその皮を、ひいきの役者にお祝いとして、投げつけるのが大流行したのだそうです。冒頭の文は当時の情景をふざけてかいたものです。お察しのとおり、みかんの皮は美女や二人連れにも飛んだそうです。漢方では「温州みかんの成熟した果皮を〈陳皮(ちんぴ)〉」といい生薬とします。
みかんの栽培は全国に広がり、そのため「陳皮」は日本で自給できる数少ない生薬のひとつになりました。
「陳皮」には(1)健胃作用:消化不良や食欲不振などへの薬能があります。暴飲暴食での急性胃腸炎で下痢すればさっぱりする人は「平胃散(へいいさん)」。胃部につかえがあり、膨満感もあり、ゲップ、胃液の逆流、胸やけなどで疲れがある人は「茯苓飲(ぶくりょういん)」。これにのどの異物感、抑うつ気分が加わり、吐き気も強い人には、「茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)」そう、つわりの薬です。胃腸虚弱で食欲不振、疲れやすい、手足が冷えやすい人には「六君子湯(りっくんしとう)」。衰えた消化機能を補い、元気にし、体力をつけるには、「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」。
また(2)化痰作用:痰が多く胸が苦しいのをとる薬能もあり、喘息での「神秘湯(しんぴとう)」。慢性気管支炎での「清肺湯(せいはいとう)」。
(3)中枢への鎮静作用としての「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」が認知症に効能があることは、これまでも記しました。
さて、「茯苓飲」飲む前に都電大塚の坂上の「KK」を訪問。ちょうど「酒の日」でした、大将の消息如何にと若い衆に問うと、2週間前にあっちへゆきました。せがれの私がいうのも変ですが大往生でした。献杯は店の代々(橙)を願い「十四代」。